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機械式発射装置の弩
クロスボウ(弩)は、水平に寝かせた弓を台(ティラー)に載せ、引いた弦を引っ掛けて止め、引き金で放つ遠距離武器である。普通の弓のように長年の鍛錬を要さず、比較的短い訓練で強い威力を出せるため、しばしば『民主化された武器』と呼ばれる。中世ヨーロッパでは歩兵の武器、また城壁防御の要として広く用いられた。初期は木・角・腱を貼った複合の弓を用いたが、十四世紀以降は鋼の弓が導入され、張力と貫通力が大きく高まった。矢に当たる『ボルト(クォレル)』は普通の矢より短く重く、近距離で強い貫通力を出した。
モンゴル騎兵の複合弓
モンゴル弓は中央アジアの遊牧民が発達させた複合リカーブ弓で、モンゴル帝国の世界征服を支えた中核の武器である。長さ約100~120cmと比較的小さいが、木の芯に角と腱を幾重にも貼った複合構造のおかげで、西洋の長弓に匹敵する威力を出す。最大射程300m以上、有効射程約150~200mで、何より馬上で前後左右どの方向にも射られる点が決定的だった。親指に輪をはめて弦を引く『モンゴル式の射法』で馬を走らせながら素早く連射し、逃げるふりをして振り向きざまに後ろへ射る『パルティアン・ショット』で追ってくる敵を崩した。
イングランド弓兵の象徴的武器
ロングボウは中世イングランドを代表する長弓で、一本のイチイ(yew)を丸ごと削って作る約180cmの大きな弓である。張力80~150ポンド(約36~68kg)の強い力で矢を放ち、熟練した射手は毎分10~12発という驚くべき速度を誇る。有効射程は約200m、最大350mに及び、ボドキンの鏃を用いれば鎖帷子を貫いた。この弓の真の威力は一人ではなく、数百人が一斉に射て空を覆う『矢の嵐(アロー・ストーム)』にあった。百年戦争でイングランドの長弓兵は、この集中射撃で数的に優勢なフランスの騎士軍を繰り返し打ち破った。
戦争用の強弓
ウォーボウは中世イングランドの軍用長弓のなかでも、とりわけ張力の高い(150ポンド、約68kg以上)重戦闘用の弓である。弓を一本のイチイ(yew)の丸太から削り出す単体弓(セルフボウ)で、普通の長弓よりも厚く強く作られる。鎧を貫くよう細く尖ったボドキンの鏃を用いれば、鎖帷子はもちろん、近い距離では比較的薄い板金まで貫けた。この途方もない張力を扱うには、射手は幼少のころから数年にわたり鍛えねばならず、その生涯の鍛錬の結果、射手の遺骨には脊柱の湾曲、左腕の骨の肥大、肩や指の関節の変形といった明らかな痕跡が残る。
鋼鉄の弩弓
アルバレストは中世後期の重クロスボウ(弩)で、木と角の複合材に代えて鋼鉄の弓部(プロッド)を用い、当代随一の貫通力を誇った。鋼鉄弓部の張力は数百kgに達し、素手では引けないため、ウィンドラス(滑車装置)やクランカン(歯車装置)で機械的に弦を引く必要があった。有効射程約200m以上で板金鎧すら貫いたが、装填に時間がかかり発射速度は毎分1〜2発にすぎない。この遅さを補うため、大盾(パヴィス)を持つ盾持ち兵と組み、その盾の陰で装填しながら運用するのが常だった。短いボルト(クォレル、約30〜40cm)を放ち、扱いに長い訓練を要さないため、徴集兵でも短期間で戦力化できた。
両端が外側に反った複合弓
リカーブ・ボウは、弦を外したとき弓の両端(リム)が射手と反対の方向へ反っている形の弓である。この逆向きの曲線は、弦を引くときリムの先端まで力を蓄えさせ、同じ長さの真っ直ぐな単体弓(直弓)より多くのエネルギーを蓄え、より強い矢を放つ。おかげで弓を短く作りながら威力を保てるため、長さ約100~150cmと馬上で扱うのに適する。歴史上もっとも優れたリカーブ弓は、角・木・腱を膠で貼り合わせた複合弓であり、朝鮮の角弓(カッキュン)がその代表格である。今日のオリンピック競技で用いられる弓も、まさにこのリカーブ形式である。
遊擊手 · Ranger — 野生と一体になった追跡者
森・荒野・雪原などの自然環境において、生存・追跡・戦闘を総合的に行う職業。弓使いの遠距離能力に自然魔法・動物交感・罠設置を加えた複合職。文明の外で最も強い存在。
弓手 · Archer — 遠距離精密射撃の専門家
弓を主武器として遠距離から敵を攻撃する職業。高い発射速度と機動性が特徴で、特殊矢(毒矢・火矢・爆発矢)を使って様々な状況に対応する。視力と集中力がどのステータスよりも重要な職業。
弩兵を守る大型の立て盾
パヴィス(Pavise)は十四から十五世紀の欧州の弩兵(クロスボウマン)が好んで用いた大形の長方形の盾で、高さ百二十から百五十センチに及び、人の背丈をほぼ全て隠せるほどの巨大な防具である。木の板で作った胴に布をかぶせ、漆喰の地(gesso)の上に都市の紋や聖人の姿を描いて仕上げるのが常で、上に向かって狭まる形に、下には小さな支えが付いて地面に立てて自立させることができた。弩は一発を放ってまた弦を引くのに時間がかかるため、その間に射手の全身を覆う大きな盾が必須となり、パヴィスがその座を占めた。名はイタリアの都市パヴィア(Pavia)に由来すると伝えられ、初めはジェノヴァとロンバルディアの弩兵に根付いたが、やがて神聖ローマ帝国全域とボヘミアにまで広がり、フス戦争のチェコの歩兵が荷車の砦の前に並べた姿で最も名高い形を残した。