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ラミア

ラミア · 蛇下半身の女怪物 — ギリシャ神話の誘惑者

ギリシア神話に現れる怪物で、上半身は美しい女性、下半身は巨大な蛇の姿をしている。本来はリビアの美しい女王にしてゼウスの愛人であったが、ヘラの嫉妬により子を全て失った悲しみと怒りから怪物に変じたという悲劇的神話が原典である(ディオドロス・シケリオテス『歴史叢書』二〇・四一、紀元前一世紀)。以後、他の母の子を妬み憎み、夜に幼児を攫って喰らう存在となり、ヘラの呪いにより片方の目が永遠に閉じない不眠を背負う(プルタルコス『好奇心について』二)。フィロストラトス『ティアナのアポロニオス伝』四・二五(西暦三世紀)の青年メニッポスを誘惑するラミア譚が後代の典型的変奏となり、ジョン・キーツの詩『ラミア』(一八一九年)で人間の青年を愛しながら最後に正体を暴かれて消える悲劇の美女として再解釈された。

起源

ラミア(Λάμια)の最古の文献記録は、アリストパネス『蜂』一〇三五行と『平和』七五八行(紀元前五世紀)で、アテナイの風刺喜劇においてすでに馴染みの恐怖の名として登場する。子を脅かして寝かしつけるギリシア農村の子守歌の慣行がその背景にある。ディオドロス・シケリオテス『歴史叢書』二〇・四一(紀元前一世紀)が悲劇的起源神話を典型化した — リビアの美しい女王ラミアがゼウスに愛され多くの子を産むと、嫉妬に駆られたヘラがその子らを全て殺し、あるいは狂気のラミア自身に殺させた。悲しみに狂ったラミアは洞窟に籠もり、他の母の子を攫って喰らう怪物となった。プルタルコス『好奇心について』二(紀元一から二世紀)は、ヘラがラミアに眼を閉じることのできない呪いをかけ、ラミアは出かけるときに眼球を取り外して器に入れておくという変奏を伝える。パウサニアス『ギリシア案内記』一〇・一二・一(紀元二世紀)は、巫女シビュッラ・デモ(Demo)をラミアとゼウスの娘として記録する。容姿 — 女性の上半身と蛇の下半身 — の古典的定型は、ヘレニズム期以降のラテン詩で確立された(ホラティウス『詩論』三四〇行、紀元前一世紀後半)。フィロストラトス『ティアナのアポロニオス伝』四・二五(西暦三世紀)のラミア譚 — ラミアが青年メニッポスを誘惑し、結婚式直前に魔術師アポロニオスが正体を暴く — は、英国の詩人ロバート・バートン『憂鬱の解剖学』(一六二一年)を経てジョン・キーツの『ラミア』(『Lamia, Isabella, the Eve of St. Agnes, and Other Poems』、Taylor & Hessey、一八二〇年)へと受け継がれた。キーツはラミアを単なる怪物ではなく、愛と喪失と真実の暴露に敗れる悲劇の美女として再定義し、ラファエル前派のジョン・ウィリアム・ウォーターハウスが『ラミア』二点(一九〇五年個人蔵、一九〇九年トロント美術館蔵)でその視覚定型を確立した。

特徴

  • 上半身は美しい女性、下半身は巨大な蛇(伝承によっては魚竜の尾) — ヘレニズム期以降の古典図像で確立
  • 夜行性で、母親が寝静まる間に幼児を攫い喰らう食人性 — ギリシア農村の子守歌における脅しに使われた
  • 片方の眼が永遠に閉じないヘラの呪い、出かけるときは眼球を取り外して器に入れる変奏(プルタルコス)
  • 魅惑的な容姿と歌で青年を誘い、その生命力を吸い取る吸血能力(フィロストラトスの定型、キーツ『ラミア』の核心)
  • 悲劇的な自己認識 — 自らが愛する人間の青年の前で正体を暴かれると、永遠に消滅する運命(キーツ)

物語

神話においてラミアは一義的に、母親の罪悪感と恐怖 — 自らの子を十分に守れぬという — の化身として機能し、ギリシア農村の母親が子を寝かしつける際に唱える脅しの名であった。ディオドロスの悲劇的起源神話以後、ラミアは単なる食人怪物から、愛と喪失と復讐の悲劇的アイコンへと拡張された。フィロストラトスの青年メニッポス譚は、英国でキーツの『ラミア』(一八一九年)として典型化され、十九世紀ラファエル前派(ウォーターハウス、一九〇五・一九〇九年)とヴィクトリア朝絵画における人気の主題となった。現代ファンタジーでは蛇の下半身と魅惑的な女性性の結合という図像が繰り返し借用され、ダンジョンズ&ドラゴンズ『AD&Dモンスター・マニュアル』(TSR、一九七七年)のラミア、ファイナルファンタジー・シリーズ(一九八七年から)のラミア、日本のライトノベル『モンスター娘のいる日常』(乾武丸、徳間書店、二〇一二年から)のミーア等が変奏である。

弱点

ラミアの決定的な弱点は、自らの正体の暴露である。フィロストラトス『ティアナのアポロニオス伝』四・二五では、ラミアはメニッポスとの結婚式の席で、魔術師アポロニオスに真相を暴かれると悲鳴を上げて消える。キーツの詩『ラミア』(一八一九年)でも、結婚式の宴の場で老哲学者アポロニオスが正体を暴くと、ラミアは絶叫とともに消滅し、彼女を愛した青年リキウスもまたその瞬間に死ぬ。ヘラの呪いによる永遠の不眠 — 片方の眼が閉じない — も精神的な弱点である。さらに、自らの子を失った悲嘆に由来する狂気は、いかなる魔法によっても癒すことができず、悲劇的な自己認識が彼女の本質である。第五版D&D基準でラミアは挑戦評価四の魅惑・精神術士であり、魅了に免疫を持つ仲間と強い意志判定に弱い。

文化的・歴史的意義

ラミア神話はギリシア農村において母親の罪悪感を形象化した脅迫モティーフから始まり、ヘレニズム期以後、悲劇的美女のアイコンへと変容した。十七世紀英国の清教徒神学者ロバート・バートン『憂鬱の解剖学』(一六二一年、オックスフォードのヘンリー・クリップス出版)がフィロストラトス譚を英語に移し、英文学における典型化の基礎を築いた。ジョン・キーツは一八一九年七から九月、ハムステッドのウェントワース・プレイス(現キーツ・ハウス博物館、ロンドン・カムデン)で詩『ラミア』を完成させ、一八二〇年に『Lamia, Isabella, the Eve of St. Agnes, and Other Poems』(テイラー&ヘシー出版)として刊行した。ラファエル前派のジョン・ウィリアム・ウォーターハウスは『ラミア』二点(一九〇五年個人蔵、一九〇九年カナダ・トロントのオンタリオ美術館蔵)でキーツ的悲劇の視覚定型を確立した。ヴィクトリア朝のラミア図像は、同時代フェミニズム批評において、蛇 — 女性を通じた女性セクシュアリティの悪魔化の事例として分析されてきた(ニーナ・アウアバック『Woman and the Demon: The Life of a Victorian Myth』、ハーバード大学出版会、一九八二年)。日本のライトノベルや漫画では、ラミアは一九九〇年代以降『亜人』キャラクターの定番類型として定着し、乾武丸『モンスター娘のいる日常』(徳間書店、二〇一二年から)などが代表である。

ポップカルチャーでの登場

アリストパネス『蜂』一〇三五行、『平和』七五八行(紀元前五世紀) — アテナイ喜劇における馴染みの脅威ディオドロス・シケリオテス『歴史叢書』二〇・四一(紀元前一世紀) — リビア女王ラミアの悲劇的起源神話ホラティウス『詩論』三四〇行(紀元前一世紀後半) — 蛇下半身の図像のラテン典型プルタルコス『好奇心について』二(紀元一から二世紀) — 眼球の分離と不眠の呪いパウサニアス『ギリシア案内記』一〇・一二・一(紀元二世紀) — 巫女シビュッラ・デモの系譜フィロストラトス『ティアナのアポロニオス伝』四・二五(西暦三世紀) — メニッポス誘惑とアポロニオスによる暴露ロバート・バートン『憂鬱の解剖学』(オックスフォードのヘンリー・クリップス、一六二一年) — 英文学への伝承の導入ジョン・キーツ『ラミア』(『Lamia, Isabella, the Eve of St. Agnes, and Other Poems』、Taylor & Hessey、一八二〇年) — ロマン主義の悲劇美女典型ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス『ラミア』(一九〇五年個人蔵、一九〇九年トロントのオンタリオ美術館蔵) — ラファエル前派視覚典型乾武丸『モンスター娘のいる日常』(徳間書店、二〇一二年から) — 現代日本ライトノベルにおけるラミア変奏

豆知識

  • 『Lamia』の語源は、ゲオルク・クルティウス『ギリシア語語源学』(一八四〇年)以来の標準説によれば、ギリシア語『ライモス』(λαιμός、咽喉)と同根 — すなわち『呑み込む者』 — とされる。ラテン語『ラルウァ』(larva、仮面・幽霊)との語源的関連も十九世紀の比較言語学で議論されたが、結論には至らなかった。
  • プルタルコスが伝える『眼球分離』の変奏は、ギリシア農村でよく用いられた恐ろしいユーモアで、ラミアが外出したり客を迎えたりするときには視力を取り外して器に入れておくので、その隙に逃げなければならないという子守歌のモティーフが出所である、とW. R. ハリディ『ギリシア民俗学』(マンチェスター大学出版会、一九三三年)第五章が整理した。
  • キーツが一八一九年七から九月に詩『ラミア』を書いていた時期、彼はハムステッドのウェントワース・プレイス(現キーツ・ハウス博物館、ロンドン・カムデン区)で婚約者ファニー・ブローンと隣り合って暮らしており、『ヒュペリオン』『エンディミオン』等を同時に書いていた。ラミアの悲劇が自身とファニーの予感的自伝アレゴリーであるという読解は、ヘレン・ヴェンドラー『The Odes of John Keats』(ハーバード大学出版会、一九八三年)で確立された。
  • ウォーターハウスの『ラミア』二点のうち、一九〇九年作品(オンタリオ美術館登録一九三九/二九)はキーツの詩第一部四七から五〇行 — ラミアが人間の女の姿をまとう変身の場面 — を直接引用した絵で、画家自身が一九〇九年のロイヤル・アカデミー展示目録にキーツの引用を明記した。