
籠手
日本の武士の腕・手の防具
籠手(こて)は日本の武士の腕と手を守るために作られた防具で、布の袖の地に鎖(くさり)と小さな鉄板を縫い付けた複合の構造を持つ。西洋の籠手(ガントレット)が丸ごと板金で成るのと違い、籠手は金属と布を結び合わせて柔らかさと防御の釣り合いを求めており、日本の鎧づくり全体の設計の思想をそのまま示す。手の甲は別に鉄板(手甲)で覆い、前腕と肘は鎖と小さな板で包んだ。とりわけ初めの騎射の時代には、弓を取る左腕だけに片籠手を着けるか、左腕をより厚く守る非対称の用い方が普通で、これは弓射が武士の戦の核であったことを示す。大鎧や胴丸のような胴の鎧と一揃いで腕全体を守り、戦国の世を経て様々な形へ発展した。
起源
籠手は日本の平安時代の後期に、武士の鎧の一部として発展したと見られる。初めは騎射に合わせ、弓を引くのに妨げにならぬよう、弓を取る左腕だけに片籠手を着ける形が多かった。のちに刀や槍で渡り合う接近戦が増えると、両腕に籠手を着けるのが標準となり、胴丸や当世具足といった鎧とともに広く用いられた。江戸の世に至っては剣術の稽古に合わせた形も現れ、今日の剣道で用いる小手は、まさにこの伝統からじかに受け継がれたものである。
特徴
- 鎖(くさり)と鉄板を布に付けた複合の構造
- 弓を取る左腕をより強める非対称の用い方
- 手の甲を覆う鉄板(手甲)と前腕の小さな板
- 大鎧・胴丸と一揃いで着ける腕の防具
- 金属と布を結んだ柔らかな防御の構造
- 現代の剣道の小手の直接の原型
物語
籠手は武士の戦の装備で、弓射と剣術において腕と手を守るのに用いられた。布の地に鎖と小さな板を付けた構造ゆえ肘と手首を自由に曲げられ、弓を引き刀を振るう動作を大きく妨げなかった。胴の鎧と一揃いで、肩当てや脛当てとともに整え、頭から足まで連なる武士の甲冑の腕の部を担った。初めは弓を取る左腕だけに着け、接近戦が中心となった後は両腕に着けるのが普通となった。
弱点
籠手の弱点は板金の鎧に比べた防御の限りである。鎖と小さな板、布を結んだ構造ゆえ柔らかいが、丸ごと一枚板で成る西洋の籠手に比べると、強い鈍器の打撃や一点を執拗に突く攻撃を防ぐ力は相対的に劣る。鎖と布の部は衝撃を完全には散らせず、小さな板の間の隙に細い切先が入り込めた。また鎖の部は錆びたり切れたりせぬよう手入れを要した。ただしこれは柔らかさと動きやすさを得るために受け入れた釣り合いで、籠手は本来、絶対の防御より動きを生かした防具であった。
文化的・歴史的意義
籠手は日本の鎧が求めた「柔らかさと防御の釣り合い」という設計の思想をよく示す部品である。丸ごと板金を纏う西洋の鎧と違い、布・鎖・小さな板を編んで動きを生かす日本の甲冑の特徴が、この腕の防具にそのまま込められている。何より、弓を取る左腕を先に、より厚く守る非対称の用い方は、武士の戦が本来騎射から始まったことを黙って物語る。江戸の世に剣術用に整えられた籠手は今日の剣道の小手へと受け継がれ、古い武士の防具が現代の武道の中に生きる稀な例となった。
ポップカルチャーでの登場
籠手は武士を扱う時代劇・映画・ゲームや和風の幻想作品に、鎧の一部としてよく登場する。ただし胴の鎧や兜ほど注目されず、しばしば鎧全体の一部として一括りに描かれる。今日ではむしろ剣道の防具としての方が馴染み深く、「こて」といえば剣道の防具の手首当てを先に思い浮かべる人も多い。創作では鎖と小さな板を結んだ実際の構造の細部が正確に反映されず、単純な袖や手袋のように単純化されることが多い。
豆知識
- 初めの騎射の時代には弓を取る左腕だけに片籠手を着けるのが多く、接近戦が中心となった後に両腕へ着けるのが標準となった。
- 西洋の籠手が丸ごと板金であるのと違い、籠手は布の地に鎖(くさり)と小さな鉄板を付けた複合の構造で、柔らかさと防御を併せ求めた。
- 江戸の世に剣術用に整えられた籠手が今日の剣道の手首の防具へと受け継がれ、古い武士の防具が現代の武道に生きる稀な例である。