
チェンジリング
Changeling · 変身種族 — 固定された顔を持たぬ者
生まれつき固有の顔を持たず、意志のままに姿を変える種族。他者の姿と声を完全に模倣できるが、それゆえ『本当の自分』が何かを絶えず問い続ける。間諜、役者、外交官、逃亡者として、社会の隙間を借り物の皮膚で渡り歩く。ケルトとゲルマンの民話『取り替え子』(妖精やトロルが人間の赤子と入れ替えた存在)に源を発し、ウィリアム・バトラー・イェイツ編『アイルランド農民の妖精・民話集』(Walter Scott Publishing, 一八八八年)が古典的に集録した。ダンジョンズ&ドラゴンズのエベロン・キャンペーン・セッティング(ウィザーズ・オブ・ザ・コースト、二〇〇四年、キース・ベイカー)とホワイト・ウルフの『Changeling』シリーズが現代プレイヤー種族として再構築した。
起源
チェンジリングの民間伝承的原型は、ケルトとゲルマンの農民物語における妖精やトロルが妖精の子と人間の新生児をひそかに取り替える話である。最も古い一人称的記録の一つは、マルティン・ルター『卓上談話』(Tischreden、一五三一から四六年記録、一五六六年アウリファーバー編)で、ルターはザクセン州デッサウで見た『Wechselbalg』を『悪魔の肉塊』と断じ、水に沈めてもよいと述べた — この一節は後世の医学史家により、当時の農村が障害のある乳児にどう対した事実の資料として読まれてきた。ウィリアム・バトラー・イェイツ編『Fairy and Folk Tales of the Irish Peasantry』(Walter Scott Publishing, ロンドン、一八八八年)は、シー(sídhe)の妖精が新生児を盗み、痩せた老妖精をその場に置くというアイルランドの民話を活字化した古典である。十九世紀児童文学では、J. M. バリー『ピーター・パン』(一九〇四年初演、一九一一年小説版 Hodder & Stoughton)の『迷子の少年たち』、ハンス・クリスチャン・アンデルセン『エルフの丘』(Elverhoi、一八四五年)にこのモチーフが残る。ゲーム種族としてのチェンジリングは、キース・ベイカーが『Eberron Campaign Setting』(ウィザーズ・オブ・ザ・コースト、二〇〇四年)においてドッペルゲンガーの子孫として導入し、二〇一九年の『Eberron: Rising from the Last War』で第五版規則として確立した。ホワイト・ウルフのテーブルトークRPG『Changeling: The Dreaming』(スチュワート・ウィーク他、一九九五年)・『Changeling: The Lost』(イーサン・スケンプ他、二〇〇七年)は、妖精に攫われ妖精に変えられた人間という精神分析学的変奏を発展させた。
特徴
- 固有の顔を持たず、身長、体格、性、容貌の全てを数秒で変容させる
- 他者の容姿、声、癖を完全に模倣する(第五版D&Dエベロンのチェンジリングは『Shapechanger』特性)
- 『真の姿』は銀の髪、青白い肌、空ろな瞳とされるが、その『真の姿』自体が更に一つの仮面でありうる
- 間諜、役者、外交官、逃亡者、護衛など、身元の秘匿が必要な職業に親和
- 寿命は約八十年(第五版D&Dエベロン)、固有の言語を持たず、聞いた言語を全て巧みに使う
物語
チェンジリングは、身元を隠した間諜、誰も信じられぬ放浪者、真の自我を探す主人公として登場する。アイデンティティ、信頼、仮面を主題とするミステリーとドラマの中心種族である。キース・ベイカーの『Eberron Campaign Setting』(二〇〇四年)では、純然たる邪悪な変身怪物ドッペルゲンガーと人間との混血と設定され、自らの種族そのものへの道徳的両義性を抱える。ホワイト・ウルフの『Changeling: The Dreaming』(一九九五年)は、幼年期に妖精に攫われて妖精化した人間を主題とし、幼年期の幻想、大人になる喪失、二つの世界の間の分裂というビルドゥングスロマンの主題を定型化した。『Star Trek: Deep Space Nine』(一九九三から九九年)のドミニオン創始者(Founders)は、チェンジリング・モチーフをSFで変奏した代表例である。日本の漫画やラノベでも、変身による自己同一性の葛藤を扱う作品でこの主題が繰り返し現れる。
弱点
固有の自我が無いこと自体が最も深い弱点である。キース・ベイカーは『Eberron Campaign Setting』(二〇〇四年)の種族解説で『チェンジリングはしばしば鏡の前で自分を見分けられない』と明記し、第五版ではこれが任意ペルソナ機構として規則化された。信頼は獲得しがたい — 人間社会は変身種族を本能的に疑い、いったん身元が露見すれば、彼が築いてきた偽装はすべて崩れる。『真の姿』と知られる銀髪と青白い肌すら、もう一つの仮面でありうるため、自身と他者の両方を絶えず疑う。第五版D&Dの『死亡時に変身が解ける』規則は、潜伏の最後の裏切りとして機能する。家族、共同体、信仰における恒久的な居場所を得られない孤独が、構造的な傷である。
文化的・歴史的意義
チェンジリングの民話を、農村社会の障害児や自閉児に対する恐怖と拒絶の神話化として読む解釈は、D. L. アシュリマン『A Guide to Folktales in the English Language』(Greenwood, 一九八七年)とスーザン・シューン・エバリーの論文『Fairies and the Folklore of Disability』(『Folklore』第九十九巻、一九八八年)以降、医学史と民俗学の通説となっている。一八九五年三月のアイルランド、ティペラリー県クロンメルにおけるブリジット・クリアリー事件 — 夫マイケルが妻ブリジットを『チェンジリングと入れ替わった偽物』と疑い、火あぶりにして殺害し、同年七月五日にダブリン裁判所が判決を下した事件(判決書類は現在キューの英国国立公文書館に保存) — は、ヴィクトリア朝末期までこの信仰が生きていたことを示す悲劇的な証拠である。『Changeling: The Lost』(ホワイト・ウルフ、二〇〇七年)はその暗い歴史を前面に押し出し、幼年期トラウマと妖精による拉致を結び付ける精神分析的ホラーへと定型化した。キース・ベイカーは二〇一四年のENWorld 誌インタビューで、エベロンのチェンジリングを設計する際『障害児を侮辱せずに、農村の古い恐怖をゲーム上の魅力へと反転させるよう意識した』と語っている。
ポップカルチャーでの登場
マルティン・ルター『卓上談話』(Tischreden、一五三一から四六年記録、一五六六年アウリファーバー編) — デッサウの取り替え子ウィリアム・バトラー・イェイツ編『Fairy and Folk Tales of the Irish Peasantry』(Walter Scott Publishing, ロンドン、一八八八年) — アイルランドのチェンジリング伝承J. M. バリー『ピーター・パン』(一九〇四年初演、一九一一年小説版 Hodder & Stoughton) — 迷子の少年たちハンス・クリスチャン・アンデルセン『エルフの丘』(Elverhoi、一八四五年) — 十九世紀の児童文学スチュワート・ウィーク他『Changeling: The Dreaming』(ホワイト・ウルフ、一九九五年) — World of Darkness 変奏キース・ベイカー『Eberron Campaign Setting』(ウィザーズ・オブ・ザ・コースト、二〇〇四年) — ドッペルゲンガーの子孫種族イーサン・スケンプ他『Changeling: The Lost』(ホワイト・ウルフ、二〇〇七年) — 妖精拉致と精神分析学的ホラー『Star Trek: Deep Space Nine』(パラマウント、一九九三から九九年) — ドミニオン創始者キース・ベイカー『Eberron: Rising from the Last War』(ウィザーズ・オブ・ザ・コースト、二〇一九年) — D&D 第五版チェンジリングホリー・ブラック『The Cruel Prince』(Little, Brown, 二〇一八年) — 二十一世紀ヤングアダルト・ファンタジーのチェンジリング
豆知識
- ルター『卓上談話』第四五一三項『デッサウのチェンジリング』(一五三二年記録)は、後の医学史家により、近世農村が水頭症などの発達障害児にどう対した事実を示す一次史料として最も多く引用される箇所のひとつである。
- 一八九五年三月アイルランド・ティペラリー県クロンメルのマイケル・クリアリー事件(妻ブリジットを『チェンジリングと入れ替わった偽物』として焼殺)の判決書類は、現在キューの英国国立公文書館に保管されている。
- 『Star Trek: Deep Space Nine』(一九九三から九九年)のファウンダーのプロステティック造形はマイケル・ウェストモアの設計、液体から人型への変形効果はILMが一九九五年に『Terminator 2』(一九九一年)の T-1000 技法を応用して仕上げた。
- キース・ベイカーは二〇一四年のENWorld 誌インタビューで、エベロンのチェンジリングの『真の姿』(銀髪、青白い肌、空ろな瞳)の図像は、ジョン・アンスター・フィッツジェラルドの絵画『The Fairy Bower』(一八六〇年、ロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館蔵)から発想を得たと述べた。